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「やーね」
渋い顔で、鏡をのぞきこんだって、今さら遅い。
内心、あせるったらない。コイツってば、コイツってば…。
また、この後輩ときたら、そんな彼女の気も知らず、
「あ、コレ、うまい。半分いいっすか?」
なんて、とっとと手を出しているではないかつ。
んもおっ。重ねがさね失礼なやつっ…。
彼女は一瞬ふくれっ面になったが、何だかわざとハラをたてているような気もしてきて、結局、無言で、彼がケーキを頬ばるのを見やった。
「うんまあい」
彼はオーバーに声をあげながら、何気に続ける。
「今までで一番嬉しかったプレゼントって、何ですかつ?」
「…知らなあい」
「そんなあ。何かあるでしょ?」
あったとしたって、何でアンタなんかに教えなきゃなんないのよ。
「…イヤな思い出ならあるけど」
彼女が、そんなふうにつけたしたのは、何故だったろう。
ふっと、ほんとにふっとね、もらしたくなったのは、タルトのキルシュが効きすぎてたせいだろうか?
「昔ね、私、すごい方向音痴だったの。そしたら、その頃つきあってた彼が、ある日、磁石と地図をプレゼントしてくれたの。そばにぼくがいなくても迷子にならないようにって」
何て優しい人なんでしょうって?
とーんでもない。
「彼、ほんとにいなくなっちゃったのよ!!じき、他の女のとこにいっちゃったの…」
一つ糸がゆるむと、次から次へ…というのは、よくあることで。

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